ボクは虐められていた。とは言ってもなにもずっとそうだったというわけではない。友達が特別多いというわけではないものの良いクラスメイトたちに恵まれ、教師や周りの大人たちにも恵まれ、自分の趣味にも没頭できる良い環境で育った。しかし、大学進学を機にボクの平穏な生活は音を立てて崩れ去った。あの女が現れたあの日をボクは一生忘れないだろう。大学入学3日目、水曜日、晴れ。花粉は少な目で少しだけ風が吹いていた。講義終りの教室で荷物を纏めている時、あの女はボクに話しかけてきたのだ。「お前、腹立つ顔してんな?ちょっと来い」確かにボクはお世辞にもイケメンという感じではない。田舎から上京してきて芋っぽかったかもしれない。服のセンスもよくわからないし、散髪は1000円カットだった。非常階段に連れ出されたボクは、訳も分からないまま階段から突き落とされた。身体に激痛が走る。スマホの画面は割れ、眼鏡は歪み、持っていたカバンから荷物が散乱した。「……3000円しかねぇのかよ」放り出されたボクの財布を漁りながらあの女は言う。「クソチー牛に構ってやったんだからよぉ、ちゃんと友達料払えよ?明日までに5万。わかってんな?」そう言って1000円札を3枚握りしめてあの女は去っていった。そこからボクの地獄が始まった。あれから数年。ボクは都内に個人経営のエステサロンを営んでいる。虐めに耐えかねて大学を退学し、専門学校に入学したボクはエステティシャンの資格を取った。大学の高い入学料を払ってもらった両親にはとても申し訳ないことをしたと思うが、これがボクが地獄から解放される唯一の方法だったのだ。今はそれほど稼ぎは多くないものの、それなりに生活できる程度になった。ある日、ボクの店に1人のOLが客としてやってきた。奥から受付を覗いた僕は目を疑い、言葉を失った。あの女だ。両親のお金や気持ちを無駄にさせ、ボクの人生を狂わせたあの女が、ボクの店だと知らずにノコノコとやってきた。これはチャンスだ。きっと神様がボクにくれた復讐のチャンスなのだ。失われた大学生活は取り戻せないかもしれない。入学金は勿論返ってこない。今更復讐などしても何も生まれない。しかし、ボクの心の奥底にあるなにかは、今あの女の顔を瞬間にとっくに崩れ去っていた。絶対に許さない。
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